2013年10月8日火曜日

音楽のことばの使い方 ――ぼくは教養が少ない


「ロカビリー調のギターフレーズとブルージーなボーカルが…」
「70年代Jポップのメロディラインを意識しながら、現代のオルタナティブロックの系譜に位置する…」

 こんな言葉がさらりと出てくるようになればもう少し格好いい文章が書けるようになるのに、といつも悔しい思いをしている。しかし、残念ながら今の僕はこんな言葉を使って文章を書く度胸が無い。
 僕は恥ずかしながら、〈ロカビリー〉はもちろん、〈ブルージー〉、〈オルタナティブ〉、〈70年代Jポップ〉も、わかりやすくスラスラ説明することができない。正直、〈ロカビリー〉なのか〈ロビカリー〉なのかも怪しい。下手すれば、〈Jポップ〉すら説明できない。日本のポピュラーミュージック、と言ってしまえばいいのだろうか。でもポピュラーかそうでないかなんてその人の線引きによっていくらでも変化するじゃん? やっぱりMステ? テレビに出ればJポップなの?
 考えてみれば、簡単に使ってしまう〈エモい〉という言葉だって上手に説明できないし、どこからどこまでが〈パンクロック〉なのかもよくわからない。そういえば確か、一時期〈青春パンク〉なんて言葉もあったかもしれない。それはそうと〈ギターロック〉だって、ロックバンドなんて基本的にはギター中心じゃん。〈ミクスチャーロック〉? え、ラップが入ればミクスチャーになるんじゃないの? そもそも、〈ロック〉って何? わかりやすく説明してよ。ねえねえ。

 音楽に関する文章は、こんな、わかったような気がする言葉ばっかりだ。それを書いている人はきちんと理解したうえで使っていても、読んでいる僕らは、ああ、あんな感じね、とわかっているような気になって、さらっと読み飛ばす。そして、いざ自分で文章を書くときに同じ言葉を使おうとすると間違った使い方をしているんじゃないかと不安になって、こっそりGoogle先生に相談してみたりする。
 理解していない言葉を使うのは、とてつもなく怖い。よそから借りてきた言葉をむりやりねじ込んだみたいに、その言葉だけが文章の中で浮いている。お高いスーツでビシッとキメているのに髪は近所のおっちゃんがやっている床屋の1000円カットで済ませています、みたいな、無理をして急ごしらえの格好を付けようとしている臭いがプンプンする。そんな必死さがバレるのが怖くて、身の丈に合っている言葉しか文章で使うことができない。
 僕は教養が少ない。悲しいくらいに、教養が少ない。



 恥をかくのを恐れつつ余談に入ると、ジャンルというものはあちこちで生まれた音楽がくっついたり離れたりしながらその流れの中で変化していくものなので、「ここがこうなってたらロック!」や、「これはこういう形式になってるからジャズ!」といった、誰でもわかりやすく判別ができるような明確な区切りは存在しないはずだ。ジャンルをわかりやすく区切るということは、色彩のグラデーションのうち一部を「ここからここまでが青!」と線を引いて切り出すようなものである。きっと、空色や群青色を青と括っていいか否かでひと悶着あるだろう。
 現代のロックバンドだって、デビュー当時はパンクロックとジャンル分けされていたバンドがキャリアを積むごとにパンク色が抜けていき、いつのまにかシンセサイザーが入っているキラキラした楽曲を演奏するようになることだってよくある。誰もが雑食に音楽を楽しむジャンルレスな時代に、ひとりのミュージシャンをひとつのジャンルにはめ込むことは、言ってしまえば無謀な試みなのだと思う。
 オルタナティブロックという言葉だって、少し調べて理解しているのは、それまでのロックミュージックへのカウンターとして発生した動きのことである、という事くらいだ。つまり、ポストモダンの概念に近い。そういえばポストロックという言葉もあった気がする。しかし、ポストモダンもモダニズムという概念を理解しているからこそ、そのカウンターとしてのポストモダニズムが語れるものであって、オルタナティブロックも、それまでのメインストリームを理解して初めて語れるもののはずだ。どうしてもハードルが高すぎる。現在オルタナティブロックとして語られているロックバンドだって、なるほどこれがオルタナティブか、と思って聴いたことは無い。それ以前の音楽をリアルタイムで聴いていたわけじゃないから、その新しさを理解することができない。それまでアイドルに興味が無かった人間がももクロを見ても、今までとは違う新しいアイドル像だ、と思わないのと同じだ。そして僕は正直、モダニズムとポストモダニズムの理解だって怪しい。ここまで書いて誰かにいちゃもんを付けられないかとひやひやしている。
 そんな音楽のことばは、多分、さらっと使っていいほど単純なものじゃない。ひょっとしたらあなたも、「このバンド、オルタナじゃなくね?」と言われる日が来るかもしれない。いや、むしろ僕らはオルタナティブを理解していないのだから、それを否定することすらできない。言ってしまったもの勝ちの世界じゃないか。



 音楽の話をする時に限らず、僕は自分の身の回りにある言葉しかどうしても使うことができない。どんなにたくさんの人が当たり前のように使っていても、〈インターネットによって人間同士のつながりが弱くなった世の中〉なんてインターネットがあって当たり前の世界で生きてきた僕には全然リアルじゃないし、〈閉塞感のある現代〉なんて恥ずかしながら特別な苦労もせずに今まで生きてきてしまっている僕は、時代に閉塞感なんて感じたことは無い。むしろ僕ごときが時代の閉塞感なんて語ろうものなら、今までなんの不自由もないように育てて頂いた両親に土下座して謝らなければいけない。
 僕が〈オルタナティブロック〉を上手に使うことができないように、〈時代の閉塞感〉も、〈インターネットで失われた人のつながり〉も、まだ僕の言葉になっていない。その言葉が持っている意味を完全に理解して、上手に使える段階にまで血肉化されていないのだ。そんなハリボテを使ったところで、どうせ言葉が薄っぺらくなって、何かを言っているようで何も言えていない文章が完成するに決まっている。

 そんな定義バカな僕は、いつになったら「ブルージーな歌声とジャジィなコード感」や、「ゼロ年代以降のオルタナティブロック」と、なんの抵抗もなく書けるようになるのだろうか。音楽の言葉は、いくら文章で読んだところで理解することはできない。どうしても、実際の音を耳にしてその違いを知ることでしかきちんと理解できないものだと思ってしまう。語れば語ろうとするほど、その言葉がよくわからなくなる。そして「これ、ジャジィなコードじゃ無くね?」と言われてしまうのが、どうしても怖い。納得のいくまで、僕は1000円カットの頭でへらへら笑い続けるのだと思う。
 願わくは、この文章中で出てきたよくわからん言葉をどなたかひとつひとつ、小学生にもわかるような言葉で優しく解説して頂けると嬉しい。もしくは、この文章を読んだひとりでも多くの人が言葉と自意識の沼にハマることを祈って。


text by Shun Ito

2 件のコメント:

  1. 大変面白い記事でとても共感しました。
    音楽のことばは明確に定義されているものとされていないものがあります。私自身「定義バカ」なので音楽に関わる文章を読んでいて理解できないことが本当に悔しく、その度に大量の音楽を聴き、大量の文献を読み漁る作業をずっとしていました(22歳の今も未熟でその作業はずっと続けています。)その作業こそ音楽の楽しみ方の一つですし、またそんなめんどくさいことを楽しめる方と文章を読んでお見受けしました。
    大変多くの言葉を説明することは出来ないので一つだけ。「70年代J-POP」という言葉はありません。
    J-POPという言葉は単に日本のポピュラーミュージックという言葉ではありません。(ポピュラーミュージックには「商業音楽」、「大衆音楽」、「非クラシック・非現代音楽」などの意味があります。)80年代後半にJ-WAVEが「洋楽にも負けないクオリティを持つおしゃれな日本のポップス」というニュアンスで提唱したものが、いつからか「ヒットチャートに並ぶ日本のポップス」という感じの意味になりました(いずれもふわっとしていますが笑)いずれにせよJ-POPという言葉が適応されるのは80年代後半~90年代に入ってからです。それ以前はニューミュージック(これも説明が必要な気もしますがf(^^;))や歌謡曲、もしくは普通に日本のポップスという方が正しいです。いささか簡単で足りない説明ではありますがご容赦ください。
    しかし音楽の言葉はあくまで便宜上のもの。気軽に使いながら、周りの人に注意してもらいながらでいつの間にか血肉化していると思います(^^)

    突然失礼いたしました。

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    1. 峯さん

      コメントありがとうございます! 記事を書きました伊藤です。
      そうでしたか… 本当に聞きかじりで使うのはよろしくないですね笑 修正したほうがいいような気もしますが、ミイラ取りがミイラ、ということで一応このままにしておきます笑
      ニューミュージックも気になりますね…

      そう、音楽に関するもの以外でも、言葉っていうのは情報を共有するための便利ツールなんですよね。知っているに越したことは無いけれど、知っていなくてもコミュニケーションは取れるようにしておくべきで。
      こんな記事を書いておきながら、そんな「ふわっとしたイメージの共有」が大切なんじゃないかと思ってしまいました。

      初めてコメントを頂いたもので、とても緊張しながらリアクションさせて頂きました。
      ありがとうございました!

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